アジャイルの基本に立ち返ろう! Scrum Sunrise 2025から見えてきたアジャイルの4つの「今」
イベント参加の背景と本記事の目的

(参加者に当日配布されたグッズ)
10月23日(木)に開催された「Scrum Sunrise 2025」に、カサレアルから講師1名と営業2名の計3名で参加してきました。
「アジャイル開発」という言葉が日本に浸透して久しいですが、「どうすればアジャイルの価値を最大化できるのか?」という問いは常に存在し続けてきました。
Scrum Sunriseは、上記の問いに対して「ともに新しい可能性を切り拓いて」いくために、「日本におけるスクラム実践を共に考える」イベントです。同イベントで様々な業界の実践者たちの話から感じ取ったスクラムの本質とは、「色んな人々を巻き込みながら共に進む」ことにある、ということでした。
(当日のタイムテーブルなどの詳細は、公式ページをご参照ください)
本記事では、同イベントで得られた4つの重要な視点と、講師(李)と営業(戸沢)それぞれの視点による所感をご紹介します。
- 「ウォータースクラムフォール」は世界共通の現象である
- AIには史上初の「本物の機能横断型チーム」を可能にするポテンシャルがある
- 基本に立ち返り、アイデアを仮説として扱おう
- 大企業のアジャイル導入は地道な「畑仕事」
1. 「ウォータースクラムフォール」は世界共通の現象である
「アジャイル開発を始めてみたものの、アジャイルなのは開発フェーズだけで、年間の計画とリリースはウォーターフォール的になっている」という話を耳にしたことはないでしょうか。
Scrum.orgのCEOであるデイヴ・ウェスト氏は、2011年にこのハイブリッドモデルを「ウォータースクラムフォール(Water-Scrum-Fall)」と名付けています。当日の講演でウェスト氏は「ウォータースクラムフォールが発生する根本には、組織全体が抱える構造的な原因がある」とし、過去20年の間、世界各地で目の当たりにしてきたと述べていました。
これに続き、ウェスト氏は「スクラムの要は、構造的な要因をフラットにすることにある」と述べています。「組織の構造的課題をどう解決するか」が課題になるわけですが、「4. 大企業のアジャイル導入は地道な「畑仕事」」で後述する西内慶子氏による講演がひとつの切り口を示唆してくれています。
2. AIには史上初の「本物の機能横断型チーム」を可能にするポテンシャルがある
デイヴ・ウェスト氏の講演の後半はAIがテーマでしたが、前半と同じくらい示唆に富むものでした。氏はAIを単なる自動化ツールではなく、「拡張知能(Augmented Intelligence)」として捉えるべきだと主張しました。言い換えると「AIと人間」という区別ではなく、「AIを活用して自らの知見と知能を拡張した人間とチーム」をイメージするべきだと言えるでしょう。
スクラムの文脈で、ウェスト氏はこう断言しました。AIの台頭により、「史上初めて、本物の機能横断型のチームを作ることができる」、と。
具体的に言うと、AIを利用してファクトの整理や共通認識の共有に努めつつ、プロダクトの「価値」を探求した上で「価値に基づく意思決定、共感、そして交渉」のような「人間的」な活動に注力できるチームです。これこそが、AI時代における真の機能横断型・部署横断型チームの姿なのではないでしょうか。
李(講師)の感想
スクラムの考案者のひとりであるジェフ・サザーランド氏の『スクラム』という書籍を読む限り、私はスクラムがある種のヒューマニズムに根ざしていると思っています。同書には「せっかくの仕事なら、チャレンジと成果にワクワクする日々を送りたいと思わないだろうか?」という想いが秘められており、ウェスト氏の講演もこの想いに共鳴していると感じました。
AIに関しても、単純にスピードを求めるのではなく、人間の知見を増幅させ、知的存在としての人間の成果と喜びを最大化する方法を探求する姿勢が大事なのではないでしょうか。
3. 基本に立ち返り、アイデアを仮説として扱おう
(Scrum Sunrise 2025では2つのワークショップが同時進行しており、以下の記述はそのうちのひとつに関する内容です)
ワークショップに白衣姿で現れたグレゴリー・フォンテーヌ氏は「アイデアは検証されるべき仮説である」という簡潔かつ明瞭なメッセージを提示しました。新しいアイデアの70%が失敗に終わるのであれば、いかに効率的に検証を進めるかが成功への鍵となる、とのことです。
検証を行うとなれば試行錯誤(よく「失敗」と呼ばれるものの、ネガティブに捉えないことが大事でしょう)が付きものですが、フォンテーヌ氏は検証プロセスを視覚化するツールとして「Truth Curve(真実曲線)」を紹介していました。詳細はフォンテーヌ氏がScrum.orgに投稿した記事をご参照ください。「検証は少なすぎず多すぎずが適切」ということですね。
李(講師)の感想
ワークショップはTruth Curveの実践方法にまつわるものでした。演習に参加したところ、仮説検証においては下記の4つの事項を具体的に明記することが最重要事項と感じました。
- 仮説: 検証したい具体的な主張や予測は何か?
- 検証方法: どのような手法(インタビュー、プロトタイプ等)で検証するのか?
- 証明の定義: 何をもって「仮説が証明された」と判断するのか? (成功の基準)
- 測定する対象: 検証のためにどのようなデータを用いるのか?
これらの項目を明確にすれば「経験主義」(empiricismの訳語で、科学的方法の根底にあるもの)にもとづいたアイデア検証につながるイメージが掴めました。言われてみると当たり前のようなことですが、基本に立ち返るのは大事ですよね。
4. 大企業のアジャイル導入は地道な「畑仕事」
関電システムズの西内慶子氏の事例は、大企業におけるアジャイル導入のリアルを物語っていました。典型的なウォーターフォール体制から、彼女たちのチームは変革に着手しましたが、その道のりは平坦ではなく、今も「ようやく芽が出てきた段階」だと謙虚に語ります。
西内氏が直面した大企業であるが故の困難は多くの参加者にとって共感できる内容だったようで、場内からもわかりやすいリアクションが見られました。
西内氏の講演は、巨大な構造問題に対して、トップダウンの「改革」という幻想を捨て、色んな人々を動かして「畑仕事」のような地道な努力が必要であることを示していました。アジャイル導入が正式に始まった2019年以来、氏は地道に下記の努力を続けてきたのです(そして今も現在進行中)。
- 経営層との小規模な対話を重ねる
- 役員をアジャイルの勉強会に招待し「私たちはアジャイルを導入すると決めた仲間なんだ」という意識を醸成する
- 感情をもって対話し、仲間や支援者とコンセンサスを形成する
戸沢(営業)の感想
この話は、かつてユーザー系企業のSEとしてウォーターフォール開発一辺倒の環境にいた私自身の経験と重なります。そもそも、そのような環境でアジャイルを取り入れるという発想自体が、当時は想像もつきませんでした。
それを、推進チームで6年という長い時間をかけて地道に根付かせたという事実は、本当に驚きと尊敬に値します。大きな会社ほど「今のやり方で問題ない」という文化の壁は厚く、私自身も当時はそう思っていたため、それに立ち向かう孤独さや苦労は計り知れません。西内さんの姿勢から、小さな対話と地道な努力を積み重ねることでしか突破できない壁があることを、改めて感じさせられました。
番外編:パーティーという名の新たな発見の場
講演後のパーティー(懇親会)は、登壇者や参加者との貴重な交流の機会となりました。多くの気付きが得られたことは言うまでもありません。
戸沢(営業)の感想
元エンジニアとしては、これほど多くの方と名刺交換する機会は新鮮で、非常に楽しかったです。
一方で営業として感じたのは、研修への関心が予想以上に高いことでした。特に「新人研修でのAI活用」や「アジャイル開発演習」など、具体的なニーズを伺うことができ、以下のような自社の研修サービスをまず知っていただくことの重要性を改めて実感しました。また、私はアジャイルやスクラムの経験がほとんどなく、今回のイベントに参加させていただきましたが、他社のスクラムマスターの方が親切にアジャイルの考え方を教えてくださり、とてもありがたく感じました。
詳しい内容は控えますが、紙飛行機を作りながらアジャイルを学ぶ手法もあると伺い、単純な作業の中にもアジャイルの考え方を体感的に学べる工夫がされていることに興味を持ちました。
今後は営業という立場ではありますが、アジャイルやスクラムの考え方についても学びを深めていきたいと思います。
李(講師)の感想
私はコロナ禍以来、技術研修の講師として勤めており、ごく最近になってスクラムを実践する研修を担当した経験があります。Scrum Sunrise 2025では「スクラム導入にまつわる悩みや課題は、日本やIT業界に限らない普遍的なものである」という発見がありました。
文系の博士号を持つ人間として(当日、まさにそのように自己紹介をしていました)思ったのは、「人間の営みだから、共通の課題が生まれるのだろう」という気付き、そして「AI時代に突入してようとしている今こそ、人間同士の感情的なやりとりと共同作業が大事なんだ」と強く思った次第です。
繰り返しになりますが、今の時代にスクラムの考えが示唆しているのは、「これからの時代においても、人間の知を最大活用し、知的存在としての人間の喜びを最大化できる方法は何だろうか」ということを探求する姿勢の重要さではないでしょうか。
今後もカサレアル社の講師として、思考して対話する存在としての人間を中心に据えた教育環境の造成に努めたいと思っています。
まとめ:不確実性の時代を乗り越えるために
今回ご紹介した4つの視点は、スクラムやアジャイルが、厳格な方法論ではなく、人間中心のフレームワークであることを改めて教えてくれます。
組織の構造を見つめ直すことも、仮説の検証を行うことも、そしてAIと協力することも、人間同士の話し合いを通じて人間の知を最大化するためのステップなのです。デイヴ・ウェスト氏が語った「不確実性の時代」を乗り越えるための本質的なアプローチとも言えるのではないでしょうか。
今回ご紹介した4つの視点が、少しでもみなさんの心を動かすことができたのであれば幸いです。